宅建業法第37条の規定に基づき、次のとおり説明致します

そんな文言はありません。35条(重説)ならあるけれどね。

 

昨年異動になり、時の流れに流されるように接客を始めた。

なんだかんだ自分でやりきるタイプだったので、今日みたいなことは初めて、だ。

フォローとクローザーで、上司についてもらうなんて。

 

同業のおじさんで、第一印象からかなりヤバイ感じだった。

今日こそヘルプお願いするかもなとも思った。

まあそのとおりで、35条説明のときからバタバタし始めて、いざ37条説明始めろって言われても、古典でも読んでるかのように、言葉のひとつひとつを取り上げて突っかかってくる。ちなみに35条説明のときはそんなことはなかった(説明してるのは男性課長職)。

 

知識のない若いおねえちゃんにしか見えなかったんだろう。

こんな風に同業のおじさんに重箱の隅をつつかれるように説明を求められることがたまにある。

切り返せない自分が悪い。もちろん。

そして締めに、「社会の波に揉まれろ」なんて言われた日にはたまったもんじゃない。

 

こんなとき思う。

「とっとと年を取りたい」

 

そして私は初めて、生まれて初めて、クローザーになりたいと思った。

ピンチのときに取りまとめ出来る人に、知識と経験を持った人になりたいと思った。

 

営業のとき、「あめは説明上手だけど説明屋さんになっててクロージングが足りない」って上司さんに言われたり、「あめは途中まではいけるけどクローザーにはなれない(自力契約できない)」って言われたのを思い出した。

だって営業のときは自分がクローザーになるなんて考えたこともなかった。

私はあくまでもアポインターで、クローザーは自分の仕事じゃないって思ってた。

でも、クローザーに限りなく近くならないと、今の業務で多くの案件をこなすことは出来ないと思った。

 

私すごく会社を辞めたいのに、すごくクローザーになりたい。知識と経験を持ったクローザーに。今の業務のクローザーに。

 

(答えられなかった部分の説明が書いてあるプリントが、蛍光ペンつきでデスクに置かれていた。ねえなんであんたは私を焚きつけるようなマネするの、私負けず嫌いなの)

 

 

 

 

 

 

 

たて・よこ・ななめ

上司に呼ばれると、ペンと紙を持ってデスクの側に行くのが私の常だ。

 


「お前今日なんかあるの」

「特にないですね~」

「19時までに仕事を終わらせろ」

「!?無理です」

「うるせえ終わらせろ」

19:00エントランス集合、と送られてきたメールには書いてあり、今度は何を怒られるんだと鬱々としていた。

 

 

 

結論はただの飲み会。

部署のひとたちと、それ以外の仕事で関わってるひとたちが混ざって、食べて、飲む。

ごはんが美味しくて、お酒も良い感じに甘くしてもらえてとても良かった。

すごく久々に30品目食べた気がする。

 


それ以上に良かったことがいくつかあった。

いつも仏頂面の怖すぎる上司が柔和になっていたこと。

普段仕事でしか関わらないひとたちと話せたこと。

仕事をどういう風に教えてまわしていくか、みんな考えているということを知れたこと。

 


業務のマニュアルあるといいなあと思っていたのだけれど、まさか上の人たちが考えてるとは思わなかった。実現化する日も近いかもしれない。

 


あとこれは指摘されたけれど、グループの横のつながりが弱いのも事実なので、これは強くしていけるといいなあと思う。

自分のやっている業務以外のことは分からないものなので、全体を見る・理解するという意味でも良いことだし、部署のパワー向上にも繋がるはず。

 


別部署のおとこのひと、飄々とした感じかつかわいいおんなのこ大好き!なひとなので敬遠していたけれど、仕事のやり方、ワンクッション置くとかが上手すぎて見習いたい。

 

 

 

帰りは女4人で寒い雨の中タクって帰宅した。言語化出来ないけれど、この帰り方がとても好きだ。きゃいきゃいしてるときもあれば、まったり静かなときもある。昨日は前者だったけれど、良い時間だった。みんな降りたあと先輩ともサシで話せた。

 


その人の過去を知ることで、そのひとが少し分かるようになる気がする。分かったつもりかもしれない。でもそれでも、何も知らないよりは良い。

「先輩に敬意を」という言葉は私の大嫌いな言葉のひとつだけれど、荒波に飲まれ乗り切ってきたことは素直に尊敬出来る、と思う。

 

 

 

仕事がきついときに、こんなことがあったんだよと忘れないように書き残しておくための文章でした。

めちゃくちゃ寒いですね。暖房をつけて、あったかくしてお過ごしください。

いっしゅうねん

私事ですが、人事異動から丸1年が経ちました。

 


販売部門の営業職から、管理部門の内勤営業職に異動になった。

販売があんまりにもダメダメで、ダメなら辞めようと思って異動願いを出した。そして20分で、10年ぶりの内勤への異動が決まった。おそらく、少ない伝説のうちのひとつ。

 


すぱっと異動が決まった理由は、まず超絶な人手不足だったから。それと、販売に年単位で居れる(ある意味)精神の強い私が異動することは、壮絶な現場にぶち込んでしこたま働かせるのにちょうど良い駒だったから。

 


それから販売営業時代、出勤時刻の30分前にはきちんと席に着き仕事をしていて、1年目のうちから内線にも出てくる私を管理部長がわりとしっかりものとして認識していたから。

 


さらに、販売時代の上の人が「雨はまわりを壊さないから、異動させてもうまく馴染む」と推してくれたから。

 


そうしていろいろ理由はあったけれど繁忙期突入とともに異動になり、てんやわんやして死にかけながら仕事をしてるうちに独り立ちした。あっという間だった。ものの3ヶ月。

ミスもたくさんしたしわりと怒鳴られたりもしたけれど、おかげさまでそれなりに成長したとは思う。

 


電話応対をしながら自分の仕事を処理し、接客をして、他人の仕事のチェックをしていちにちが終わる。どうやらルーティンワークは嫌いではないようだし、納期短めの仕事もわりと得意なので、管理部門の内勤営業の適性はゼロではなかったらしい。

 


が、この一年人間関係は最悪だった。無視も八つ当たりも相当やられた。まともなプロパーの人間がひとりもいないのだ。

販売も酷かったけど、そんなレベルじゃない。中途入社の人たちが「フロアの空気と人の負のオーラで空気が重たい頭がいたい苦しい」と言い出してしまうレベル。

 


でも、「このひとたちが私の未来の姿」なのだ。絶対に。

 


道徳の心もなく、コミュニケーションスキルもなく、恋人もいなければ友達もいない人たち。はっきり言って、こんな風にはなりたくない。そんな風に育った覚えもない。

 


愛するものには執着し、心底軽蔑するものには心を開かない。もともとそんな性格なのに今は後者の状態なので、生活のために与えられた仕事は精一杯こなすけれど、今後も心を開く気はない。無論上記プロパーの人間と関わる気もないし、繁忙期の処理が終わり次第出て行くようにしたいと思う。

 


ブラック体質はどこまで行ってもブラックで、部署異動しようがどうしようもないのだということがこの一年でよく分かってしまった。

ただそれをしっかり自分の目で確認したので、気は済んだのでよかった。

繁忙期は死ぬほど仕事をして、処理をやりきって、ボーナスは貯金してお給料も使わないように頑張って(無理)、とっとと出て行こうと思う。

 

 

 

……繁忙期の処理終わるの、たしか夏な気がしてきた…………。

頑張れわたし……。

平行線

小さなころ、両親と旅行に行くときは夜中に車で出発して朝焼けと同時に羽田空港に着き、戻るときはぴかぴかに光る首都高を走り、夜遅くに家に着くという予定で旅行に行くことが多かった。羽田空港の近くのパーキングで観る朝焼けと、夜の首都高の宝石のような綺麗さを20年経った今でも覚えている。

 

「瑠璃子とゆりは方向が同じだから同じタクシーで帰ること。役員からの業務命令」

万札をひらひらさせた部長が告げた命令は、今の私たちにとって地獄だった。


私とゆりは、二度と交わらない平行線の世界でで生きてゆくと決めていた。

 

タクシーの後部座席に乗り込み、場所を告げる。

豪徳寺

「そのあとに喜多見へ」

ゆりが喜多見に引っ越したなど全く知らなかった。前の家が更新なのは知っていたけれど、まさか私の家の近くに引っ越してきていたなんて。


「なんで人の通勤圏内に住むのよ」

「出社時間全然違うんだからいいでしょう」

「今営業は何時なの」

「少なくとも8時だよ」

璃子の居た時は8時半だったけど、あんたが異動してから変わったのよ、あんたら内勤のようにのんびりやってないのよという言葉が乗っているのに気づく。

「営業部はお忙しいですね、クソみたいな仕事してるくせに」

ゆりはそっぽを向いて窓の外を見ていた。

 

 

 

このあと大好きなきらきらした首都高に乗りながら喧嘩をし、やっぱり二度と交わらない世界線で生きて行くとなるのが結末ですが面倒なのでもういいです。←

 

夏休みでした。

台風から始まり、ナイトプールに行き、パブで飲み、カラオケに行き、岩盤浴と温泉に行き、友人に5年ぶりに連絡を取り、地元でべろべろになるまでコロナを飲んで終電で帰り、池袋カフェめぐりでシメる夏休みだった。


プール10年ぶりに入ったのですが、元々水泳やってて泳ぐの好きだったのでめちゃくちゃ楽しかった。三つ子の魂百までというやつなのでしょう。定期的に室内プールで泳ぐようにしたい。


ひまわり氏とドライブがてら岩盤浴に行き温泉に入った帰り、5年ぶりに男友達に連絡を入れた。

メンタルやられて休職中とのことでびっくりしたけど、本当にこの手の病気は「明日は我が身」だと改めて実感した。怖い。

今度東京で飲む約束をしたので、またそのときにでもゆっくり話が出来ればと思う。


ひまわり氏とせんせいと飲みながら仕事の話、恋愛の話をする。

近年のせんせいはとてもしっかりしていて好ましい。昔が嘘のように、本当に先生になってしまった。

せんせいに会社で先輩に無視されていることを話したら「女子中学生の部活によくあるやつだよなー、最後に全部自分に返ってくんの。俺は辞めればいいと思う」と呟いていて、「最後に全部自分に返ってくる」という彼の言葉でもう少し頑張れるかなあ、と思うなどした。


最終日は松浦弥太郎氏の本を読んだ。

丁寧な暮らしという感じの人間ではないけれど、ひととして忘れたくないことが書いてあるのでこれからも読み続ける。


モレスキンを買って考え事をした。

したいこともやりたいこともやらねばならないこともたくさんあって順番が付けられなかった。全部同時並行で出来たらどんなに良いだろう。

転職活動、引っ越し、それに伴う貯金、日々の暮らしの向上、自分磨き。

きちんと出来たら、私は自分の好きな自分になれると思う。恋をするのはきっと、それから。


いろんなことを考えたらお腹が痛くなってしまった。やっぱりきちんと病院行かねば……。確実に弱っている。

愛しかた

どういう風に愛したいかと考える機会を与えてくれたのは、何の気なしに観たAVだった。

 


おんなのひとがひとりでしていて、絶頂に達して体液を溢れさせてしまうというシチュエーションだったと思う。

夢中になって、全てをさらけ出して、なにもかも忘れて、相手を信頼して、気持ち良さに浸る。

 

 

 

元恋人は抱く側になると、とにかくくすぐるように優しく触れてきた。手、腕、鎖骨、胸。

少し物足りなくも感じたけれど、その物足りなさが焦らされているようで気持ち良くて好きだった。だんだん的確なところに触れてきて、今までにない経験だったけれど溢れてしまいそうなくらい気持ち良くなってしまうこともあった。

 


まるで壊さないように、大切にされているようで、泣きたくなってしまうような感覚。

全てを肯定されているような感覚。

今でも思い出しては忘れようとするけれど、どうしても忘れられない。

 

 

 

すべての感覚が私にとっては錯覚の世界だった。

けれど、私のパートナーにはすべて真実の世界にできるように。

溢れさせることをを迷わずに、あの子のようにきつくしがみつけるように。一瞬ではなく、ずっとしがみつけるように。

すべてをさらけ出して、忘れて、また社会に戻っていけるように。

 


そんな風に愛したいと思うのだ。

 

 

魅力と気力

「憧れの人に対しての想いが叶わないとき、自分を好きになってくれる身近な人を好きになろうとするのはアリなんじゃないかな」

 

 


元恋人は、新卒で入ったときからとある上司のことが好きだった。けれど、一時的な気の迷いで私と付き合った。同性である私と身体の関係も、あった。

けれど全く続かず「やっぱり私はノーマルだから無理」と泣かせた挙句に、振られた。

色々な恨み辛みが双方あり、言い分もあったけど理解も共感も出来ず、現時点ではお互い死んだことにするという最悪の成れの果てを辿っている。

 

私と元恋人は、恋人である以前に戦友で、どうしようもないほどのライバルで、同期で、そして憧れの人だった。

そしてふたりとも、寂しがりで人恋しかった。

 

元恋人は私を拒否できなかった。

でも最終的には拒否をした。

自分に元々好きな人がいたことと、私が同性であることが理由だった。

 


たまらなく屈辱で、苦痛で、悲しかった。

言っていいことと悪いこと判別しろよとか、「好きな人がいてもいいよ」なんて建前を本気にしないでほしかった。

生きる気力さえ無くした。

 


そんな一連の話を先輩にしたところ、冒頭の答えが返ってきた。

 

 


「想いが叶わないから他の人にするなんてそんな甘えた考えを持つ理由がわからない」と返答はしたけれど、この台詞はどこかで聞いたことがあるし、おそらく掃いて捨てるほど存在する考え方でもあるし、

 

なので私はきっと「結果として好きになるほど魅力はなかったけれど、好きになれるかもなと思った人」なのかもしれない。

 

 

自分で思って、自分で納得してしまった。

 

 

たしかに魅力がないという点については思いあたるところがたくさんある。

ざっくりと上げてゆく。

 

 

①体型

②趣味がそんなにない

③何かを頑張ってるわけじゃない

④素直じゃない

⑤根本的な何かを忘れている

⑥自分を大事にしない

 

 

 

そういえば私は自分に誇れるものが今全くないただの負け組くそ女だし、人間として忘れているものもたくさんある(コミュニケーション取れないわけじゃないしむしろコミュニケーション能力はある方なのに人間嫌いで他人を避ける from.部署の先輩、ストレス発散で貯金が出来ない、デスクの片付けは出来るけど自室の片付けが出来ない、なんかもはやセルフネグレクトに近い)。

 


自分にも思い当たるそういったことが、あのようなことを言わせた原因で、私が振られた原因なのかもしれないと思い至った。

 

 

 

「次に会話をするときは私が辞めるとき」と彼女にも言っているし、「お互いの中で死んだことにしている」と触れられたくないので宣言はしてるけれど、本当は、いつかやっぱり仲直りしたいなと思っている。

はじめて人に明かした、素直になるのが苦手な私の本音。

 

 

 

仲直りは最悪出来なかったとしても、

人として、ちょっとくらい魅力のある人間になりたいなと思う。

なぜなら私は「しあわせを求めて生きている」から。

 


なにがしあわせかはいろいろあるけれど、

何はともあれ生きる気力が少しだけ戻った、良い休日だった。

 

 

久しぶりに書き物をしたらひっどい文章。卒論書いてたころの方がマシだったな。訓練。