平行線

小さなころ、両親と旅行に行くときは夜中に車で出発して朝焼けと同時に羽田空港に着き、戻るときはぴかぴかに光る首都高を走り、夜遅くに家に着くという予定で旅行に行くことが多かった。羽田空港の近くのパーキングで観る朝焼けと、夜の首都高の宝石のような綺麗さを20年経った今でも覚えている。

 

「瑠璃子とゆりは方向が同じだから同じタクシーで帰ること。役員からの業務命令」

万札をひらひらさせた部長が告げた命令は、今の私たちにとって地獄だった。


私とゆりは、二度と交わらない平行線の世界でで生きてゆくと決めていた。

 

タクシーの後部座席に乗り込み、場所を告げる。

豪徳寺

「そのあとに喜多見へ」

ゆりが喜多見に引っ越したなど全く知らなかった。前の家が更新なのは知っていたけれど、まさか私の家の近くに引っ越してきていたなんて。


「なんで人の通勤圏内に住むのよ」

「出社時間全然違うんだからいいでしょう」

「今営業は何時なの」

「少なくとも8時だよ」

璃子の居た時は8時半だったけど、あんたが異動してから変わったのよ、あんたら内勤のようにのんびりやってないのよという言葉が乗っているのに気づく。

「営業部はお忙しいですね、クソみたいな仕事してるくせに」

ゆりはそっぽを向いて窓の外を見ていた。

 

 

 

このあと大好きなきらきらした首都高に乗りながら喧嘩をし、やっぱり二度と交わらない世界線で生きて行くとなるのが結末ですが面倒なのでもういいです。←

 

夏休みでした。

台風から始まり、ナイトプールに行き、パブで飲み、カラオケに行き、岩盤浴と温泉に行き、友人に5年ぶりに連絡を取り、地元でべろべろになるまでコロナを飲んで終電で帰り、池袋カフェめぐりでシメる夏休みだった。


プール10年ぶりに入ったのですが、元々水泳やってて泳ぐの好きだったのでめちゃくちゃ楽しかった。三つ子の魂百までというやつなのでしょう。定期的に室内プールで泳ぐようにしたい。


ひまわり氏とドライブがてら岩盤浴に行き温泉に入った帰り、5年ぶりに男友達に連絡を入れた。

メンタルやられて休職中とのことでびっくりしたけど、本当にこの手の病気は「明日は我が身」だと改めて実感した。怖い。

今度東京で飲む約束をしたので、またそのときにでもゆっくり話が出来ればと思う。


ひまわり氏とせんせいと飲みながら仕事の話、恋愛の話をする。

近年のせんせいはとてもしっかりしていて好ましい。昔が嘘のように、本当に先生になってしまった。

せんせいに会社で先輩に無視されていることを話したら「女子中学生の部活によくあるやつだよなー、最後に全部自分に返ってくんの。俺は辞めればいいと思う」と呟いていて、「最後に全部自分に返ってくる」という彼の言葉でもう少し頑張れるかなあ、と思うなどした。


最終日は松浦弥太郎氏の本を読んだ。

丁寧な暮らしという感じの人間ではないけれど、ひととして忘れたくないことが書いてあるのでこれからも読み続ける。


モレスキンを買って考え事をした。

したいこともやりたいこともやらねばならないこともたくさんあって順番が付けられなかった。全部同時並行で出来たらどんなに良いだろう。

転職活動、引っ越し、それに伴う貯金、日々の暮らしの向上、自分磨き。

きちんと出来たら、私は自分の好きな自分になれると思う。恋をするのはきっと、それから。


いろんなことを考えたらお腹が痛くなってしまった。やっぱりきちんと病院行かねば……。確実に弱っている。

愛しかた

どういう風に愛したいかと考える機会を与えてくれたのは、何の気なしに観たAVだった。

 


おんなのひとがひとりでしていて、絶頂に達して体液を溢れさせてしまうというシチュエーションだったと思う。

夢中になって、全てをさらけ出して、なにもかも忘れて、相手を信頼して、気持ち良さに浸る。

 

 

 

元恋人は抱く側になると、とにかくくすぐるように優しく触れてきた。手、腕、鎖骨、胸。

少し物足りなくも感じたけれど、その物足りなさが焦らされているようで気持ち良くて好きだった。だんだん的確なところに触れてきて、今までにない経験だったけれど溢れてしまいそうなくらい気持ち良くなってしまうこともあった。

 


まるで壊さないように、大切にされているようで、泣きたくなってしまうような感覚。

全てを肯定されているような感覚。

今でも思い出しては忘れようとするけれど、どうしても忘れられない。

 

 

 

すべての感覚が私にとっては錯覚の世界だった。

けれど、私のパートナーにはすべて真実の世界にできるように。

溢れさせることをを迷わずに、あの子のようにきつくしがみつけるように。一瞬ではなく、ずっとしがみつけるように。

すべてをさらけ出して、忘れて、また社会に戻っていけるように。

 


そんな風に愛したいと思うのだ。

 

 

魅力と気力

「憧れの人に対しての想いが叶わないとき、自分を好きになってくれる身近な人を好きになろうとするのはアリなんじゃないかな」

 

 


元恋人は、新卒で入ったときからとある上司のことが好きだった。けれど、一時的な気の迷いで私と付き合った。同性である私と身体の関係も、あった。

けれど全く続かず「やっぱり私はノーマルだから無理」と泣かせた挙句に、振られた。

色々な恨み辛みが双方あり、言い分もあったけど理解も共感も出来ず、現時点ではお互い死んだことにするという最悪の成れの果てを辿っている。

 

私と元恋人は、恋人である以前に戦友で、どうしようもないほどのライバルで、同期で、そして憧れの人だった。

そしてふたりとも、寂しがりで人恋しかった。

 

元恋人は私を拒否できなかった。

でも最終的には拒否をした。

自分に元々好きな人がいたことと、私が同性であることが理由だった。

 


たまらなく屈辱で、苦痛で、悲しかった。

言っていいことと悪いこと判別しろよとか、「好きな人がいてもいいよ」なんて建前を本気にしないでほしかった。

生きる気力さえ無くした。

 


そんな一連の話を先輩にしたところ、冒頭の答えが返ってきた。

 

 


「想いが叶わないから他の人にするなんてそんな甘えた考えを持つ理由がわからない」と返答はしたけれど、この台詞はどこかで聞いたことがあるし、おそらく掃いて捨てるほど存在する考え方でもあるし、

 

なので私はきっと「結果として好きになるほど魅力はなかったけれど、好きになれるかもなと思った人」なのかもしれない。

 

 

自分で思って、自分で納得してしまった。

 

 

たしかに魅力がないという点については思いあたるところがたくさんある。

ざっくりと上げてゆく。

 

 

①体型

②趣味がそんなにない

③何かを頑張ってるわけじゃない

④素直じゃない

⑤根本的な何かを忘れている

⑥自分を大事にしない

 

 

 

そういえば私は自分に誇れるものが今全くないただの負け組くそ女だし、人間として忘れているものもたくさんある(コミュニケーション取れないわけじゃないしむしろコミュニケーション能力はある方なのに人間嫌いで他人を避ける from.部署の先輩、ストレス発散で貯金が出来ない、デスクの片付けは出来るけど自室の片付けが出来ない、なんかもはやセルフネグレクトに近い)。

 


自分にも思い当たるそういったことが、あのようなことを言わせた原因で、私が振られた原因なのかもしれないと思い至った。

 

 

 

「次に会話をするときは私が辞めるとき」と彼女にも言っているし、「お互いの中で死んだことにしている」と触れられたくないので宣言はしてるけれど、本当は、いつかやっぱり仲直りしたいなと思っている。

はじめて人に明かした、素直になるのが苦手な私の本音。

 

 

 

仲直りは最悪出来なかったとしても、

人として、ちょっとくらい魅力のある人間になりたいなと思う。

なぜなら私は「しあわせを求めて生きている」から。

 


なにがしあわせかはいろいろあるけれど、

何はともあれ生きる気力が少しだけ戻った、良い休日だった。

 

 

久しぶりに書き物をしたらひっどい文章。卒論書いてたころの方がマシだったな。訓練。